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なんでもあり★(色々思うこと、音楽、映画、スピリチュアル、韓国語、英語etc...)

エネルギーが余っています。やりたいことがたくさんあります。

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プロフィール

ayanochiyu

Author:ayanochiyu
エネルギーをもてあましています。
子育てが終わり、好きなことが多くて毎日大忙し。
人生1回、いつ死ぬか分からないので、楽しく生きましょう!

好きなもの
映画、音楽、美術、語学、歴史、スピリチュアル、食べ物 etc.,

・ECC、ジオスで韓国語講師経験あり。お笑い芸人さんへの授業などなど。)
・韓国政府機関勤務、外資系・韓国企業などなど渡り歩く。

◆エッセイ、書評など入賞、体験談掲載
(毎日新聞、鶴書院、スローライフジャパン、中央公論社、TOEICメールマガジンetc...)

Dへ ⑤

目覚めると私は彼を求め、食事を終えると彼は私を求めた。

床の上で、ソファの上で、ベッドの上で、浴槽の中で、キッチンのテーブルの上で、階段で、二人は求め合う。

彼に口づけをする。
キッチンのテーブルに背をもたれ、籐の椅子に座り、差し出された彼に口づけをする。
初めは彼は、ほんの少しだけ求める。
彼が求めるようにほんの少しだけの口づけをする。
彼はもっと更に激しく求める。
彼が求めるように、激しく動かしてゆく。
そのうちにそれは肌色から桃色に変わり、段々と硬直していく。

喉の奥に突き刺さる。
そのたびに吐くような状態になる。
涙が流れてくる。

彼は目を閉じて、私の頭を両手で掴み、前後に激しく動かす。
私の手は彼の肉を手いっぱいに、指の隙間から盛り上がり溢れる程に掴む。
そして包み込み、撫でてゆく。

うめき声をあげる。
時折彼は身体をそらせてうめき声をあげる。
うめくたびに、彼の肉を掴み、激しく動かす。
激しく揺さぶり、繰り返す。
激しいまま、何度も何度も気が遠くなるほど繰り返す。

その永遠の繰り返しの中で、呼吸は途切れ、意識のない状態に入ってゆく。
喉の奥を刺激され嗚咽を繰り返しながらも、彼を愛することをやめることができない。
彼への愛撫をやめることはできない。
愛することをやめることはできない。

呼吸は途切れ、うめき声が次第に大きくなり、それが絶叫に変わった時、彼は私の髪を抜け落ちそうな程つかむ。
私は息をすることができず、意識が失くなってゆく。

愛している。
交わさない言葉。
言葉を交わさないことによって、私とDは互いの愛を感じる。
語る必要などない。
それでも時折、口からこぼれ落ちる言葉。
「アイシテイル」
何も答えない。
彼の赤い髪を、白い肌に浮かぶセピア色の星を指でなぞるだけ。
何も語らない。
何も語らずに、ただ肩を、背中を、セピア色の星をなぞるだけ。

あなたを愛している。
そして、私はあなたを知らない。

私もDも、いつでも捨てることができる。
持つということをできずにいる。
いつでも捨てることができる。
愛しているから。
 
「私たちは、いつ離れるの?」
「さぁ。いつでも。どちらかが。それを望んだ時。
君はいつか消えてゆく。
僕はいつか離れてゆく。
多分それは同時に起こりうるはず」
「そうね。それまでにどの位の時間が消滅してゆくのか・・・・」
「さぁ、どの位か、それは誰にも分からない。
でも、限られた時間、その瞬間、それには限りがあるということは確かなんだ」
「それがいつなのかは私にも、D,あなたにも分からない。
私は明日去るかもしれない。
次の金曜日なのかもしれない。
次の夏かもしれない」
「そう。そして僕も今、この瞬間にも消えるかもしれない。
明日の夜かもしれない。
雨の降る寒い日かもしれない。
あるいは風の強く吹く春かもしれない。
いつか必ず二人が離れるということだけが事実なんだ」
「私はあなたを愛し、あなたは私を愛しているから」
「そう。そして君は僕を忘れ、僕も君を忘れるんだ。
君の髪の色も、瞳の色も、湿り気のあるその肌も、その匂いも、全て忘れることができる。
そうだろう?」
「あなたを忘れる。ここに再びくることなんて、もうない。
忘れる。この家を、この街を、あなたの身体を、あなたを」

そうすることは可能だった。
二人にはいつでもそうすることができる。

彼は彼女の名前を知らない。

残るもの、それは彼が私を何度も、気を失うほどに殴りつけた跡だけ。
彼が更に強く深く愛してゆくごとに、強く力の限り打ち続け、殴り続けたその印、跡、証。
青く、赤く、入り混じった血のにじむ、その斑紋だけが残る。
耐え切れない愛の重さによって彼は私を何度も打つ。
打ち続ける。
私は打たれ続ける。
気を失うまで。
青い赤い斑紋。
それだけが身体のそこかしこに残るだけ。

長い口づけ。
あとに怒るのは、二人の長い口づけ。

二人は長く語ることができない。
長く語ることが彼らを苦しめる。
語ろうとすればする程、二人の間には空白が生ずる。
口づけが語ることを防ぐ。
完全なる侮蔑は、言葉を生まない。
語ることによって生ずるもの、それは空虚な疲労だけだ。
二人は何も語らずに、愛し合う。
口づけをする。
 

どれくらい経っただろう。D
と彼女が暮らし始めてどれくらいの時間が過ぎただろう。
多分それは、予測不可能な時間だ。
半年、1年、5年でもあり、たったの1日でもあり、ほんの一瞬の間でもあり得る。
また、永遠に続いていることもあり得る。
ゼロでもあり、無限でもある。
彼と彼女には確実な別離が在るのだから。
明らかな別離。
絶対的な別離が、彼らをゼロにし、無限にもする。


Dと彼女が別れたことは確かだ。
Dと彼女がそのように在らないということは、絶対に不可能だ。
それは起こり得ない。
あれ程愛し合い、あれ程蔑みあっていたのだから。


愛という名の侮蔑。
侮蔑という名のものによって、彼らは強く結びついていた。
揺るぎない存在である別離とともに。
 

Dも消え、彼女も消えた。
2人は離れていった。
知り得るのは、それだけだ。
おそらく全てが消えた。
二人の別離とともに。

    <完>


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Dへ④

夜が明ける頃に、いつも目を覚ます。
薄藍色の空と乳白色の空の色が混ざり合う頃、目覚める。
薄暗い部屋の中で、ぼんやりと瞼が開く。
ベッドの上でしばらくの間、ぼんやりと過ごす。
季節はずれの暑すぎる毛布を身体に絡ませてぼんやりと過ごす。
ぼんやりと薄藍色の、白い闇を見つめる。

人は目覚めた時は、いつでも白痴の状態なのだ。
正常と異常の区別をつけることが不可能な状態。
正常と異常の狭間。
目覚めて意識を回復した時にもなお、直前に見ていた夢をひきずっている。
意志もなく、理性もない。
ただのぼんやりとした時間。

電話の音が、突然鳴り響く。
全てを中断させる電話の音。
空白を破壊する音。

「僕だよ」
「分かっているわ」
「どこに行っていたの?」
「どこにも。ここにいたわ。ずっと」
「君はいつここを発つの?」
「分からないわ。でも、多分、今日かもしれない」
「どこへ?」
「もっと南へ」
「今日あの別荘を出るよ」
彼は住み慣れたアパートへ戻るのだ。
「君も一緒に来るね」
私は拒まない。
「えぇ。すぐに行くわ」

セピア色の雀斑と、赤毛の男には、黒がよく映える。
黒い、金ラメの縁取りをほどこしたアラブの衣装。
裸の上にそれを羽織る。
未完成の部屋。
改装が完成しないままの部屋だった。
バスルームの扉には白いペンキが途中まで塗られ、バスタブの外面も修理中のままだった。
未完成、中途の状態を保つ部屋に、彼は住んでいる。
陶磁器の雑誌、インドの唐草模様のある飾り扉、古い文字がびっしりと書き込まれた金屏風、青白い大きな壷、未完成の部屋には、それらが不思議に不快感を感じさせないように置かれていた。
それぞれが、それぞれの過去や色彩や光、形をもっていながら、一つ一つのものどうしが反発しあうことなく、拒絶しあうことなく、それぞれの場所に在った。

二人は郊外に行く。
そこには16世紀の頃からの城がある。
小さな駅から2キロの道を歩く。
大木に囲まれた陽の差さない道。
二人の横を猛スピードで車は走り去る。
城の手前には巨大な競馬場と厩舎。
城には人はまばらで、私達はそこに飾られたたくさんの絵を見る。
数百年も昔、そこに生きた人々の肖像。
抜けるほど白い肌の女の似姿。
生きていた貴族たちの権威を誇った肖像画。
白いタイツ、そして赤い毛のマントの男。
数百年も前、彼らはこの城の中で生きていた。
ここで語り、歌い、群れ、呼吸していた。

庭園の小さな小川に沿って二人は歩く。
周囲の人が異国の言葉で彼に話しかける。

「写真をとってくれません?」
「いいですよ」

彼は異国の言葉で答える。
異国から来た彼らは”ありがとう“と言って、どこかへ行く。
彼に尋ねる。
「あの人たちはここの人ではないの?」
「いや、彼らが僕を異国人と思ったんだよ。僕
の方が異国人らしく見えるんだ。
僕の髪の色はこのあたりではあまり見かけないからね」

小川のほとりで戯れる白鳥たちを彼は挑発する。
弓のようにしんなりと首を曲げて、身づくろいする白鳥の静寂を壊し、シューシューと警戒の音を吐き出す。
白鳥たちにどんどん近付いてゆく。
白鳥の正面に立ち、手を差し出す。
怒りをむき出しにした鳥は彼の手を噛む。
彼は羽を掴もうとする。鳥
は身をかわしながらも、その嘴から彼の手を離さない。
ゲッゲッゲッという音を吐きながら白鳥は彼の手を噛む。
彼は最初から最後までクスクスと笑い続けている。
手を噛ませながら、笑うことを止めない。
白鳥は去ってゆく。
手を離し、くるりと後ろを向き、尻を落とし、白い輝く羽根をもつ鳥は、湯気の立つ小便をたらしながら去ってゆく。
彼は鳴り響くように笑いながら戻ってくる。

もう一度、大木に囲まれた暗い道を二人は歩く。
城を出て、庭園を抜けて戻る。車
は時折猛スピードで私たちを追い越してゆく。
道端で静かに息をしているトンボを見つける。
右側の木の根元に、金色と緑色の大きなトンボがいた。
それを拾い、手の平にのせる。
トンボは生きている。
6本の糸のような足と大きな目玉、首、尾を動かしている。
けれどもう飛ぶことができない。
羽根だけが傷ついたトンボ。

「こいつは綺麗だな。たぶんこの道を通る車にぶつかったんだ。
羽根だけが壊れて飛べなくなってる」
「本当ね。
とてもきれいね。
光っているわ」

頭の上にのせたり、肩の上にのせたり、私の頭の上にものせてみたりする。
手のひらにものせて透き通る壊れた羽根をなでてみたりする。
指から指に這わせたり、空中に放り、それをまた別の手に着地させたりする。
クスクスと笑うことを止めずに。

そしてトンボを殺す。
突然トンボを拳骨で叩き潰す。
金色のトンボは彼の手のひらの上で黄色い液体を体中から吐き出し、薄っぺらな皮のようになる。

私は何も言わない。

彼は、愛しているという。
いつしか終る、限られた時間の中で、私を愛していると言う。
「僕たちは長く会ってはいけない。
ずっと一緒にいてはいけない」
彼と私、その他には、ただ一人の出演者もいない。
「僕たちは別れるんだ。
そうしなきゃいけない。
いつか、明日か、明後日か、1週間後か、1ヵ月後か、あるいは1年、2年、それがいつであろうと、僕たちは別れなきゃいけない。
そうしないと、今、君を愛することができなくなってしまう。
そうしないと溺れることができなくなってしまう」

目の前に在る別離、1億光年の彼方に在る別離、あるいは背中に在る別離。
彼と私を強く、一層強く結びつける別離。

私は彼を愛し、彼は私を愛し、2人はその別離を愛する。



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Dへ ③

食事が終り外へ出た。
すぐそこに石像が、大きな人間の石像が立っていた。
人間、男の石像、裸の石像。
目の荒い石。
軽石のような肌の男。
全てをむきだしにした、間抜けな男。
そして無表情に立ちつくす男。
 
「別に意味はないんだよ、この像には」

細い道を、二人で並んで歩く。
日差しは強く、渇き、南に吹く風は更に強く吹き上げてくる。
 
黒く、毛の光っている大きな猟犬が、まとわりつきながら、後をついてくる。
「一体何匹犬がいるの?」
「さぁ。数えてみても分からなくなるよ。
時々、全く見知らぬ犬がいたり、突然いなくなったりで、僕には正確な数は分からないんだ」
 
彼はマレーシア半島で買ったという、先端の広がった古い刀剣を、ヒモで腰に下げている。
そして私たちが歩こうとするところに時折邪魔をしてくる固い枝や、生い茂った葉を、ザクザクと切り倒す。
時折、立ち止まり、ブラックベリーの実をいくつかもぎ取り、私にくれる。
手にのせたブラックベリーを一つずつ、口にすべり込ませ、小さな丸いデコボコを舌でなぞりながら、少しずつ舌でつぶしながら、甘いような酸っぱいような味を味わう。

歩きながら色々なことを話す。
ニューヨークで暮らしていた頃のこと。
そこで知り合った中国人の女性のこと。
彼女の膨らんだ尻には碧いバラの刺青があったこと。
随分前に見た映画のこと。
自殺したドイツ人の女優のこと。
彼女の不幸について。
彼はニーチェが好きだという。
そして彼の母方の祖父はドイツ人で、ナチスの親衛隊だったということ。
自分は目が悪いということ。
2年間の軍隊生活のこと。
3人の妹のこと。
2度目の母親と、自分を生んだ女性のこと。
止むことなく彼は話し続ける。

どこまでも歩いた。
私たちはどこまでも歩いた。
時計を持たずにどこまでも歩いた。
白茶けた乾いた色の岩山へもどんどんと昇った。
そこには野生の黒シカが生息していた。
彼らは私たちに好奇と驚愕の目を向ける。
少し離れたところから、彼らは私たちを見つめる。
決して近づこうとしない。
どちらかが誤って近づいた時、どちらかが傷を負うのだ。

小さな崖の方までも、町の全てが見渡せるその崖の方までも、昇った。
どこまでも、どこまでも。

どこまで行っても、そこは彼の領地だった。
ブラックベリーの木がある細い道も、乾いた岩山の連なりも、街を見渡すことのできる小さな崖も、そこに生きる黒シカたちも、全て彼の所有するものだった。
それら全ては当然の如く、彼の所有する彼の領地に在るのだ。
彼の領地。
彼の所有物たち。
私はそこに在る。
そこから抜け出すことはできない。
何故なら、私がそれを欲しないから。
彼の領地に在る、そして彼の所有するものになる。
私は、それを望んでいる。

彼はそこでは数百年前と同じように、農民を鞭で叩きつけ、一粒の麦のカスさえも搾り取り、馬の上から召使を蹴飛ばす、権威を持った領主であり、同時に、尽きることない豪奢な倦怠と放漫という権力をもった主人なのだ。
私は彼からの軽蔑というムチ、憎しみという脚蹴り、傲慢な眼差し、蔑みの眼光を、切望している。
それに飢えている。
激しく、求めている。

私の肉体、そこに在る私の肉体は、その時すでに彼のものであり、手でつかむことのできる、目でみることのできる、触れることのできる“私”というものは、全て彼のものになっていた。
彼の領地にいる私、そうあることをみずから欲した私は、すでに単なる所有物の一つにすぎないものであった。
私がそれを望んでいるから。

けれど、どんなにそれを激しく望んで望んでも、求めても、どこかに、掴むことのできない、見ることにできない、触れることのできない、“私”が存在していた。
私に知ることのできない“私”が、知ることのできない場所、空間でふわふわと揺れながら、浮いているという感覚に、時折、自分自身が取り囲まれてしまうのだ。
それが時折、私を悲壮にさせる。

岩を昇り、岩を降り、それを幾度となく繰り返してゆくうちに、あるいはそれを幾度となく繰り返すがために、いつしか彼は私の手を掴み、私は彼の手を掴み、彼に手を引かれていた。
私たちは岩に昇る。
私は彼に抱かれ、私たちは岩を降りる。

「この大陸にはね、病気の人間が多いんだよ」
「病気?」
「そう、皮膚の病気とか、退廃という病気とか、性病とかね」
「性病?」
「そう。売春をする人、それを求める人が多いからさ。
でも仕方がないね。
セックスをしたい気持ちを抑えることはできないんだから。
それを押さえようなんて、明らかに間違えだよ。
すればいいさ。
したいだけすればいいさ。
満足というものを、それで得られるなら、したいだけすればいいのさ。
だけど、それすらもできない人間がいるんだ。
だから、勝手な理由、嘘の理屈、空虚な自己弁護をまくしたてて、抑え付けようとするんだ。
自分を騙し、みんなを騙している。
そういうことをうまくできる奴、うまく自分も世間も騙すことのできる奴が増えてるんだ。
病気なんだよ」

ブラックベリーをつぶした私の舌は、紫色に染まっていた。
「舌を見せて」
 口を開け、紫色に染まった舌を見せる。
「僕もだよ」
彼も口を開け、紫色に染まった舌を見せる。
立ち止まって、ブラックベリーを幾つかつまみ、私の口の中に放り込む。
わずかな数のその実を一つずつ、彼は私の唇の前に差し出す。
白い彼の指が摘んでいる黒い実に唇を近づける。
そして黒い実が口の中に転がってくる。
その度に彼の指先が唇に触れる。
彼の指先が唇に重なり、黒い苺の実が、口の中に吸い込まれる。
それを繰り返す。
黒苺の実が彼の手の中から、全てなくなるまで。

岩山の上から町が見渡せる。
足元をふらつかせるほどの強い風に揉まれながら、街の風景を見る。
彼の山の上で、彼の所有物である山の上で。

修道院と陸軍演習場が山の上から見える。
 「毎日毎日うるさいんだよ。
鐘の音や歌声が。
気狂いになりそうさ。
昼寝もできないね。
僕はあの鐘の音が大嫌いなんだ」

南の風の中で、そう言う。

「あれは陸軍の演習場なんだ」
奇妙な笑いを浮かべながら、そう言う。
「どっちもうるさいよ」

私たちは岩山を降りる。
彼は私を背負って、岩を一つ一つゆっくりと降りてゆく。
時には背負い、時には肩にのせる。
そして草原のなだらかな坂道を、下ってゆく。

干からびた小川を越え、鉄条網を潜り抜けると、そこは更に彼の領地だった。
彼の所有する草原だった。
彼の馬たちが草を食み、走り、眠り、嘶き、交尾する。
彼の放牧地帯だった。

彼は馬の背に、わき腹に、額に、鼻を近づける。
馬たちの匂いをかいでいる。
馬たちに口づけする。
それから、私に口づけをする。
ほんの一瞬、すれ違っただけのような口づけ。
その口づけのあと、私の首筋に、耳たぶに、頬に口づけをする。
そして私を抱く。
私は受け入れる。
彼に抱かれる。

その時の口づけを、私は覚えていない、思い出すことはできない。
枯れた草や、肌を傷つけるような固い枝が重なったところに二人は横たわる。
地面に落ちた枯れた固い枝が背中に突き刺さる。
彼の素肌の上半身。
光に透き通るうぶ毛たち。
太陽の光を遮るものは何一つ存在しない。
風のわたりを邪魔するものが何一つ存在しないその草原で、彼は私を、私は彼を欲する。
金色の光を受け、南の風にもまれながら、2人は互いを渇望する。

欲するものを求め、欲するままに流れてゆく。
そこに私というものはない。
そこに私はいない。
存在しない。
ただ「欲」だけがある。
互いを対象とした二つの欲だけがある。
欲に従い、全てを委ねる。
彼が欲しいという欲望、彼そのもの、彼という一つのものが欲しいという欲望、彼とのセックスに対する欲望、彼とのセックスによって生じるものに対する欲望、彼との間でしか起こらないオルガスム、彼の愛撫、彼に愛撫されたい、彼に口づけをしたい、、それら全てに私は従順に一つ一つ、ぬかりなく、従ってゆく。
時には激しく、乱暴に、無差別に。

彼は私の全身に触れる。
白い手で、乳房を掴む。
肉を、いたるところで波打つ肉を、雀斑が浮かぶ白い手で破壊してゆく。
彼の欲するままに、そして私の欲するままに。

彼の体の重みがのりうつるたびに、枯れた枝の数々が背中に突き刺さる。
背中を傷つける。
彼は私を破壊する。
耐え切ることのできそうにない痛みに、自ら向かってゆく。
幾頭もの馬たちが走り戯れる場所で、私たちは行動する。
無差別に、暴力をもってするように。
体の中を求めるままに探ってゆく。
彼が私の体への探求を一歩進めるごとに、破壊に伴う痛みは増してゆく。
呻く。
声をあげる。
けれど、その痛みはいつしか違うものに変わってゆく。
それを相反するかのようなものに昇化してゆく。
あるいは、まるで双生児であるかのようなものに。

彼は進む速度を速め、苦痛を伴う、達すべきところへ次第に近づいてゆく。
莫大な、計り知れない程の消耗をして、互いに進むべき一点へむかってゆく。
背中に突き刺さる枯れた枝は、身体から流れ落ちる汗、私の身体を通過して流れる彼の汗で、したたってゆく。

息を途絶えさせながら、闘技場の上を、永遠のように、ぐるぐると回り続けたあの時のように、呼吸は途切れてゆく。
私たちはいつしか苦痛と快感との接点に辿り着くだろう。
苦痛と快感という相反するものが、重なり合うところに、いつしか行くだろう。
まるで似ていないようで、完全に似ている、同じであるところへ。
 
その日の二人の別れ。
彼は私を町の中心地まで送る。
川のそばのホテルまで。
石畳の路地を通り抜けて。
帰る途中で、彼は幾たびも口づけをする。
国道沿いのガレージの前で、スイミングプールの前で、橋の下で、ヴェトナム料理屋の前で。
ホテルのそばの美術館のガレージで、互いの唇に唇で触れ合う。
長い長い口づけ。
終わりのない口づけ。
永遠に触れ合う二人の唇。
呼吸のできない、気の遠くなるような口づけ。
その長い口づけの間に、いつしか意識は消えてゆく。
意識は消えてゆき、身体だけが硬直したまま、静止したまま残るのだ。
硬直した肉体、静止した肉体、意識のない空っぽの肉体。
表情のない、ブロンズ増のように私たちは口づけをした。

空っぽになってゆく。
空っぽの肉体。

18時の南の街では、どこかからどこかへ帰る人たちで満たされていた。
今もなお止まぬ痛みを内に抱えたまま、彼とその日の別れを行う。

「電話してくれるね」
「えぇ」
「僕は君の電話を待つよ」
「えぇ」
「必ず……」
「分かっているわ」

車は美術館のガレージをゆっくりと大きく一回りし、彼は去っていった。

私は内側に在る、終らぬ痛みを、意識をもって感じていた。




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Dへ ②

Rという名の川。
川のそばの美術館。
斜め向かいには、古代ローマの浴場跡、そしてミストラル。

Rという名の川に沿って、歩いてゆく。
川に沿ってずっとずっと歩いてゆく。
果てしなく、気が遠くなるほど、歩いてゆく。
ただ、歩くだけだ。
何もない。
歩くことだけしかない。
前にも、後にも、何もない。
ただ、自分が歩くだけだ。
 
8月。
南ではセーターを必要としない。
透明なのに、日差しは全てを焦がそうとする。
けれど、ミストラルはそれを吹き払い、やわらげる。

朝食を終えたあと、街に出た。
細い道を目的なく歩く。
目的など初めからない。
細い道を創りあげる壁。
民家の壁。
美術館の壁。
管理人のいないアパートの壁。
住む人もいないアパートの壁。
落書きだらけの壁。
ざらついた琥珀色の壁に触れながら、壁にはさまれた細い曲がりくねった道を歩く。
赤茶色の屋根の家が無数に、様々な形をして、そこに在る。

気がつくと、夏だけに押し寄せる観光客の群れにまぎれて、土産屋やレストランが立ち並ぶ通りにいた。
人はみな、誰かと語り合いながら通りを横切ってゆく。
語る必要などなくとも、常に何かを語りながら、人は目の前を通り過ぎてゆく。
とり憑かれたように、息を切らしながら、語り続ける。
何かを忘れようとしているかのように、夢中になって、人は語っている。
止むことなく、永遠に続くように、語り続けながら、進んでゆく。
その流れは終ることなく、様々に形を色を変えながら、一つの方向に流れてゆく。
そんな人の流れを、薄茶けた壁のそばに寄りかかりながら、私は見ていた。
虚空にさまよいながら、見ていた。
さまよう私。
さまよう私は、常に透明だ。

その時、彼との再会が始まる―。

向こう側から、通りを横切って、彼はやってくる。
彼は見ていた。
彼は私を見続ける。
虚空にさまよう私を、彼は見つける。
誰も気付くことのできない透明な私、透明な欲望を彼は見つける。
そして、流れを横切ってやってくる。

「こんにちは」
「こんにちは」
「やっぱり会ったね」
彼は微笑む。
「会いたかったんだ」
彼はそう言う。
「会えると思ってたよ」
彼のそばに、一人の女と男がいる。

「何を見てたの」
「何も」
「どこへ行くの」
「どこへも」
男と女は、彼をほんの少しおきざりにする。

民芸品博物館の入口の階段を昇ったところで、彼らは、先に行くよ、と叫ぶ。
「君はどこへ行くの」
「どこへも」
私には目的はない。

「じゃあ一緒に行こう」
彼と博物館への階段を昇る。
白髪が少し混ざった小さな男と、痩せた背の高い黒い瞳の女。
「こんにちは」
「初めまして」
「こんにちは」
「初めまして」
小さな男と黒い瞳の女は腕を組みながら、先を歩いて進んでゆく。

ミニチュアの織物機械、古い民族衣装や調度品を見ながら、彼はそれらを一つ一つ説明する。
「あれは僕の両親だよ」
腕を組む男と女は彼の両親だった。
「きれいな人ね」
「彼女は2番目の母親だよ」
黒い木製のテーブルの四本の脚は、馬の脚を真似て作られている。

彼は見るもの、そこに在るもののほとんど全てを私に説明する。
「よく知ってるのね」
「そうだよ。僕の専門はアンティークなんだもの。当然さ」
「そう」
誰かの銅像。
首だけのものや、腕がないもの、鼻だけがないものがある。
知らない人の銅像。見知らぬ人の動かぬ銅像。

「鼻がないわ」
「革命の時に、ほとんどのものが壊されてしまったんだ」
破壊された腕。失われた鼻。壊された似像たち。

私は、彼と、そして彼の父と彼の義母と車に乗る。そして彼の家に行く。
三つの門を抜けて家に辿り着く。
三つの門を抜けるたびに、後ろの座席から彼が降り、父親から手渡される鍵で門を一つずつ開けてゆく。
三つの門は常に閉ざされていて、鍵をもった人が開けなければならない。

「門がたくさんあるのね」
彼が門を開くために車から降りていった後、私は後ろの座席からつぶやく。
彼の義母だという女性が答える。
「えぇ、そうよ。だから、とても静かでいいわよ。風が少し強いけれど」

三つの門を抜けて、彼らが一年おきに夏の間だけ滞在するという家に辿り着く。
「家の中を案内するわ」
彼が着替えに行った後、彼の二度目の母親が家の中を案内する。

「これは古い台所。今は全然使っていないの。物置みたいでしょ。あれは居間。あそこにかかっている絵は主人が描いたの。Dと黒髪の女の子よ。Dはああいう女の子が好きなの」
彼の肖像画。赤い髪の彼、黒い髪の女。長い髪の女、そして彼。

「彼は何故ああいう女性が好きなの?」
「分からないわ。何故かしらね」
義母はそう言いながら、次の部屋へと私を導く。
彼の父親は絵を描く。

「この部屋は乗馬の道具を置くところよ」
「馬に乗るのですか?」
「ほんの少しだけよ。ちっともうまくならないの。主人とDはとっても上手よ。後でみせてもらったら?次は二階に行きましょう」

馬具の置かれた部屋を通り抜けて、薄暗い螺旋階段を昇り、彼の部屋へゆく。
「ここがDの部屋。向こうがお風呂。Dのこのベッドは古いものなのよ。ずっとずっと昔の人が使っていたものなの。この帳は古いビロードなの。素敵な寝台でしょ。彼はね、古くて変わったものが大好きなの」

帳のついた寝台。
やわらかなクリーム色が褪せて、輝きを失ったビロードの帳。
彼はここで眠り、ここで目覚める。

「となりの部屋は私と主人の部屋」
彼らの部屋を見た後、居間に降りてゆく。
彼は素肌に白いシャツを一枚だけ羽織り、汚れたジーンズを素足に履き、火の灯されていない暖炉の前で、背もたれを前にして椅子に座っていた。
私は彼の正面に置かれた椅子に座った。

テーブルの上の碧い陶器の水差しから透明のグラスに水を注ぎ、私の手に渡す。
床では黒い小さなプードルがしきりに彼の愛撫を求めて吠えたて、落ち着かな気に彼の足元を走り回っている。
「あの絵は父が描いたんだ」
暖炉の上に飾られたキャンバスを指して言った。
走る幾頭かの馬たち。
柵を飛び越える馬たち。
彩られた馬もいれば、無色で輪郭だけの馬もいる。
完成とも未完成とも、両方の印象を与えようとする意図をもって描かれたような絵だった。
完成、未完成、どちらにも見ることのできる絵だった。

私は尋ねなかった。
この絵は完成しているのですか?
あるいは、この絵は未完成なのですか?
尋ねなかった。誰にも。
彼の父親にも、彼の義母にも、
そして彼にも。


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Dへ ①

軽蔑。
彼と私を結びつけたのは軽蔑だった。
軽蔑、侮蔑、蔑み。
彼と私をあれ程強く、他の人との間には、それが怒るのは不可能だと思える程激しく、乱暴に結びつけたのは、軽蔑と憎しみだった。
彼の名はD。
Dで始まる名、そしてDで終わる姓をもつ男だった。

彼は見ていた。
私が気付く前から、ずっと前から、私を見ていた。
彼に視線を投げる。
通りすぎるその時に、「こんにちは」と言う。
彼は何かを言った。
聞き取ることのできない、何かを通り過ぎる時に、ささやいた。
けれど私は振り向かず、ローマ時代の闘技場へと歩いてゆく。

何台もの車が、家族でバカンスを過ごす人達の何台もの車が、私の横を通り過ぎる。
ゆっくりと、ゴムのタイヤをアスファルトの上に滑らせながら、ゆっくりと通り過ぎる。
家族の会話を聞き取ることはできない。
閉じられた窓の向こう側で、延々と続けられる会話を、私には聞き取ることはできない。

彼の視線。赤
い車が通り過ぎた後、反対側の歩道に彼がいた。
モーターのついた自転車を脇に引き摺りながら、彼は見ていた。
私を見ていた。
道の向こうから、私を見ていた。

道を渡る。
彼に近づくために。

「こんにちは」
彼は言う。
「ここは小さい街ね」
「そう、小さい街さ。とても小さいんだ。だから君を何度も見かけたよ。君のような髪の色をした人は、あまりこの辺では見かけたことはないからね」
「あなたはここに住んでるの?」
「いや、ここから少し離れたところにバカンスで来てるんだ」
「ここは熱いのね。とても熱いわ」
「あぁ、ここは熱いよ」

彼は薄青のタンガリーのシャツの上に紺のジャケットを着ている。
彼の皮膚は敏感に空気を感じ取る。
白いカードの上に番号を書く。
白い人の手。
それは薄ら赤く、ぼんやりとしたセピア色の星を無数に浮かばせた手。
顔、首、紺のジャケットの下に隠された彼の腕、セピア色の星は無数に続く。
赤い星。
赤毛の男。

「今度の夜、ここに電話して。君の電話を待ってる。この番号だよ」
雀斑のある赤毛の男から、電話番号の書かれた白いカードを受け取る。
彼は全ての色が薄い、透き通るような肌の、アイルランド人のような男。

「じゃあ、また」
初めての別れ。
これが彼との初めての別れ。
そして初めての出合い。

私は闘技場へ行った。

ぐるぐると闘技場の上を回る。
何度も何度も。この時、すでに彼を忘れている。
まだ彼を記憶することはできなかった。
彼のイメージを記憶することはできなかった。
闘技場を登り始めた時、彼に「じゃあ、また」と言った時、すでに彼を忘れてしまっていた。
完全に忘れてしまっていた。
そうすることが可能だった。

彼は、ただ、何の足跡も残さずに通り過ぎてゆくpassageにすぎなかったのだ。
まだ、この時は。
再会。
この後に起こる、彼との偶然の再会。
それは赤毛の男を、足跡も残さずに、何の音も立てずに、私の中を過ぎてゆくpassageでなくしてしまう。
全く違うものに変えてしまう。

闘技場の上で、私は彼を忘れた。

女は南にいた。
古代ローマの闘技場の上を歩いていた。
階段を昇り、古代ローマの闘技場の上を歩く。
ぐるぐると歩く。
アーチ状の石の上をぐるぐると歩く。
その上を幾人の人間が歩いただろうか。
古代ローマの頃から、そして朽ち果てた観光の遺物となり、なめまわされ、凝視され、幾千人、幾万人の視線にしぼりとられるようになるまで、この石の、巨大な石の塊の上を、どれだけの人が歩いただろうか、どれだけの人が踏んでいったのだろうか。
彼女は黙ったまま、朽ちた巨大な石の塊の上を、ただ歩く。
何も言わず、ただ一人、照りつける金色の光線の下で、ぐるぐると歩き続ける。
このもの言わぬ巨大な石の建造物の頂上では、隠れるべき場所がない。
隠れることのできる場所がない。
降り止まぬ金色の太陽の光線から、隠れる場所がない。
逃れる場所がない。
彼女は息を途切らせ、胸の鼓動も激しいまま、ぐるぐると頂上を歩く。
いくつものアーチ状の石を踏みつけて。

息が切れる。
途中で彼女の呼吸は途切れる。
呼吸をたてさせる音が時折途切れる。
何周も何周も、円形の外堀の頂上を、太陽に身をこがせて歩き続ける。
歩を緩めることはなく、一定の速さでじっと沈黙を抱きながらまわる。
立ち止まることはできない。
立ち止まってはいけない。
立ち止まり、下をのぞきこんではいけない。
下の観客席をのぞきこんではいけない。
立ち止まり、下を見たその瞬間に、すいこまれてしまう。
もの言わぬまま、古代ローマの時代から生き続ける石たちにすいこまれてしまう。
朽ちてなお、人をのみ込もうとする。
古代ローマの時代から無数に人をのみ込んできたこの石たちは、朽ちてなおまた多くのものを引き寄せ、魅了し、のみ込んでゆく。

立ち止まって下をのぞきこんだその時、その瞬間にひきよせられ、すいこまれてしまう。
下へと、太陽に近きところから、地上へ、暗く、土の匂いのする闇へとひきよせられてしまう。


私は赤毛の男に、電話をしない。




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